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水沢青年会議所が冠レースを協賛

 岩手競馬にも春が到来。20日(木)から水沢競馬がスタートしたが、水沢青年会議所が冬休み明けを祝って第1レースから「水沢JC がんばれ岩手競馬カップ」、「せんやのおせんべい杯」(第2レース)、「銘菓処 高千代杯」(第3レース)、「菊ヤ商事カップ」(第4レース)、「ロイズカップ」(第5レース)、「(社)水沢経年会議所 未来創造杯」(第8レース)、「社団法人 水沢青年会議所杯」(メイン9レース)、「アクア・glory梨奈杯」(10レース)と全10レース中7レースを冠協賛した。
水沢青年会議所02
水沢青年会議所メンバーがスタンドで記念撮影

 小生、松尾もふじポンの付き人で初心者講習の解説をやらせていただいたのだが、参加者の多さに正直驚いた。おそらく50名以上が話を聞いてくれたと思うが、これほど熱心に競馬支援を打ち出し、行動に移す地域も珍しい。
 もちろん中央競馬とか南関東、そして海外でも多くのファンが競馬場を訪れて競馬を愛好しているが、地域との密着度はどこよりも強いと断言できる。

 かつて馬産地で栄え、各家庭で馬(当時は農耕馬など)を飼っていたこともあるだろう。昔の話を聞くと家に馬がいて学校へ行く前に世話をしたり、馬に乗った経験がある人も結構いた。馬市(セリ)が定期的に開かれ、街をあげて賑わっていたこともあるだろう。名馬も県南から数多く輩出した。現在、世界遺産登録がかなり濃厚となった奥州平泉では朝廷への献上物が金と馬だったというのも有名だ。
 これらの土壌があればこそだが、それ加えて水沢競馬を重要な地場産業と捉えているからだと思っている。

 ほとんど強調されないことが不思議でならないのだが、人が動いて集まる経済効果は計り知れない。岩手で単発はともあれ常時、本場(開催競馬場)、場外合わせて最低1万人以上が集まるイベントは100%ない。
 つまり岩手競馬は過去も現在も地域経済に大きく貢献を果たしてきた。“負の遺産”などとキャッチコピーが紙面をにぎわすのは信じられない行為だ。負の遺産から恩恵をこうむってきたのはどこだったか。外資を稼ぎ、地域活性化に岩手競馬は重要な役割を担っているのだ。今回の水沢青年会議所の支援を心から感謝したい。
水沢青年会議所01
メイン9レース「水沢青年会議所会長杯」表彰式。水沢競馬場に“ヨッ!”の声が連呼した


【文/松尾康司 写真/佐藤到】
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荒尾競馬に滞在して見守った 櫻田浩三師インタビュー

 今年冬、岩手から九州熊本・荒尾競馬場へ大挙50頭の岩手在籍馬が移動した。今回のケースは転籍ではなく、岩手競馬在籍のままで荒尾競馬へ参戦することになったが、3月7日、帰郷直後の櫻田浩三調教師へインタビューした。

―遠征お疲れ様でした
 岩手の競馬が終わって直後に荒尾へ行きましたから1ヵ月半ぐらいの滞在でしたが、あっと言う間に終わった印象ですね。自分と三野宮調教師の二人で12厩舎50頭の馬を管理しました。

―頭数が多かったので大変だったんじゃないですか
 いえ。帯同した厩務員、騎手3名が責任をもって仕事をしていたので、そうでもなかった。ただ装鞍は頭数が頭数だったのでレース前は結構忙しかった。それに厩舎から装鞍所までコースの外をぐるり回って行かなければならないので、すごく遠いんですよ。正味15分から20分はかかりました。

―最初はあまり成績が振るわずちょっと心配しましたが…
 その理由は簡単です。岩手から馬運車で移動すると22時間もかかるんです。丸一日ですよ。その間、ずっと馬運車ですから相当疲れたと思います。さすがに帯同した人間も参ったがかかったみたいですが、徐々に成績が上がると思っていました。

―環境の変化もあったんでしょうしね
 人間も馬も同様、ほとんどのスタッフが初めての場所で戸惑わない方がおかしい。旅行に行ったのではなく、長い移動時間をかけてそこで生活した訳ですから。

―現地の方々は非常に歓迎ムードでしたし、非常に親切でしたね
 実は現在、荒尾競馬は頭数不足が深刻な問題で、ほとんどのレースが少頭数で馬券の売上げが芳しくない。それならば岩手さんにお願いして冬期間だけでも協力してほしいと要請がきました。
 あの荒尾さんが1000万円もの移動費を出してくれたのにはビックリしました。我々が住む所にはレンタルで冷蔵庫、石油ストーブを用意してくれましたし、故障した風呂などのボイラーも全部修理してくれたそうです。また平山良一調騎会会長を始め、みなさんがいろいろと気を使ってくれました。

荒尾で装鞍を見守る櫻田浩三調教師



―自分も2月にお邪魔しましたが、非常に歓迎されました
 本当にありがたいことです。それに住めば都のたとえだけではなく、岩手とは比較にならないぐらい暖かい。日差しが当たっていれば暖房なしに昼寝ができるぐらいですから、改めて日本は広いなと実感しました。

―当初、遠征は2月一杯だと聞きましたが、3月7日まで遠征が延びた訳を教えてください
 今回の人馬の大移動は急きょ決まったものですから、岩手での荒尾発売は当初スケジュールにはあまり組まれていなかった。岩手のファンに買ってもらって荒尾競馬を盛り上げたいと考えて行動したのに、発売がなければ遠征の意義が薄れる。それで岩手と荒尾の両主催者が話し合い、3月4日に岩手で全レース発売すると決定したのを受けて滞在を延長しました。

―中盤以降は岩手の活躍が目につきました
 勝ち星もうれしいんですが、岩手所属馬が延べ頭数で221頭も出走できたので、少しは荒尾さんのお役に立てたのではないかと思っています。それと今回の遠征したメンバーはいろんな面で勉強になったはずですから、今後の岩手競馬に活かしてほしいと願っています。

―今日はお疲れのところありがとうございました

【取材日場所:3月7日 櫻田浩三厩舎 取材:松尾康司】

| テシオ情報局 スペシャル | 15:24 | trackbacks:0 | TOP↑

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男たちのゴールデンジョッキーカップ その1

全員集合


 どこかで聞いたような表題で申し訳ないと思いつつ、しかし普通にレース結果を書いていくのも・・・という事で、今回は「園田ゴールデンジョッキーカップ」で見た男達にスポットを当てつつ進めていこう。

 全国に数ある騎手招待レースの中でもこの「園田ゴールデンジョッキーカップ」は抜きんでて凄い。というのも、出場資格が与えられるのは通算2000勝以上の騎手。トップジョッキーの中でもさらにトップクラスであって、何年にもわたってリーディング級の活躍を続けて、それでようやく出場権利が得られる実にハードルの高いレースなのだ。
 このレースに出てくるジョッキーは、なので、皆掛け値なしに超人級ばかり。出場騎手全員の通算勝利数を足すとざっと4万勝、岩手競馬の1年間のレース数がだいたい1300くらいなので、全レース勝って30年分。途方もなさ過ぎる。

★「地方の」ウチパク、園田ラストラン
 この日の話題の中心はやはりこの人だった。JRA騎手試験の合否がこの日の朝10時に発表され、内田博幸騎手の合格も伝えられた。
 メディアの中には内田博騎手だけを追いかけに来たところも少なくなかったし、レース後には園田競馬場において記者会見が開かれたほど。「南関トップがJRA移籍」という競馬界のトップニュースだけに、それで盛り上がってしまうのも仕方ないか。
 ご本人はいたって穏やかに見えたが、成功して当然と思われている所に行かなくてはならない、というのはやはり重いだろうなと思う。 

内田博幸騎手



★吉田対吉田
 レース前の騎手紹介セレモニー。紹介が進むに従って少しずつ空気が重くなっていく気がする。
 右から6人目にいるのが内田博幸騎手。2人挟んで吉田稔騎手。
 JRA騎手試験で内田博騎手は合格し、吉田騎手は不合格だった。
 その事はセレモニーに集まったファンも知っている。吉田騎手が何度も不合格になっている事も、それでもなおチャレンジを続けていた事も。

 内田博騎手の紹介の時、司会の吉田勝彦アナは当然合格の事を伝えた。となると吉田騎手の不合格にも触れねばならないだろう。“やっぱりその話をせな、あかんのかなぁ・・・”。そんな心の声が、周りから聞こえてくるようだ。
 吉田騎手の番になった。あたりが一瞬静かになる。吉田勝彦アナは、しかし“その話題”を最初に持ってきた。「今日発表されたJRA騎手試験、吉田稔騎手は不合格でした・・・」。
 吉田アナの抑えた語り口に、聞いている方も自然と息をのむ。もはや吉田騎手を直視できない。
 「ですが、」吉田アナが続ける。吉田稔の活躍を、皆知っているじゃないか。どれだけ凄い騎手か、皆が知っているじゃないか・・・。
 吉田アナのしゃべりが終わると同時にあちこちから声援が飛んだ。それまでずっと硬かった吉田騎手の表情が、少し緩んだように見えた。

吉田勝彦アナ



 うわべだけを取り繕わず、正面から突っ込んでなおきっちり纏める。関西圏での吉田稔騎手の活躍を知り尽くしている吉田アナの言葉だけに、そこに嘘や追従は全く感じられなかった。さすがとしか言いようがない。
 吉田アナご本人は「不合格の話題に触れるかどうか迷った」と、後に漏らされたそうだが、触れていただいて良かった。

 吉田稔騎手よりは吉田勝彦アナがメインになってしまった。だけど、ファンがゴールデンジョッキーCを心おきなく楽しめる雰囲気を作ってくれたのは、間違いなく吉田勝彦アナだった。

| テシオ情報局 スペシャル | 18:29 | trackbacks:0 | TOP↑

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