2008年12月 | ARCHIVE-SELECT | 2009年02月

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年度代表馬はワタリシンセイキ。2歳馬の受賞はネイティヴハート以来、史上2頭目の快挙!

年度代表馬 ワタリシンセイキ

 1月28日、盛岡競馬場で毎年恒例となった岩手競馬年度代表馬選考委員会(委員長・IBC岩手放送 報道局アナウンス部専任部長 加藤久智氏)が開催され、選考委員11名によって各部門賞および年度代表馬、特別表彰馬、馬事文化賞のそれぞれを選考した。

◇2歳最優秀馬 ワタリシンセイキ(三野宮通厩舎・水沢)
 ダート戦7戦7勝。史上初めて2歳ダート重賞・特別を完全制覇し、2歳三冠の偉業も達成した。この戦績は他の追随をまったく許さず、2コーナーからロングスパートをかけて完勝するパフォーマンスも文句なし。満票でワタリシンセイキが選出された。

◇3歳最優秀馬 ピンクゴールド(小林義明厩舎・水沢)
 2歳とは一転して意見が完全に分かれた。対象馬はリュウノツバサ、ピンクゴールド、カネショウプルートの3頭。
 リュウノツバサは年間5勝をマークしてクラシック一冠目・阿久利黒賞を制覇。その後の三冠戦線でも上位を賑わし、古馬重賞・トウケイニセイ記念でも3着に入るなど年間を通して活躍した。
 ピンクゴールドはシーズン2勝ながら岩手で最も伝統のある不来方賞を優勝。また古馬重賞・OROカップ、ファン投票・桐花賞でも3着に入線した。
 カネショウプルートはピンクゴールド相手に牝馬二冠を達成。その後はひと息のレース続きだったが、ピンクゴールドを2度完封したことを評価された。
 以上3頭の決選投票に持ち込まれ、リュウノツバサ4票、ピンクゴールド6票、カネショウプルート1票の結果からピンクゴールドが3歳最優秀馬に選出された。

◇4歳以上最優秀馬 カネショウエリート(畠山信一厩舎・水沢)
 対象馬はカネショウエリート、トーホウライデンに絞られた。今季の古馬オープン戦線は主役不在のままでシーズンラストへ突入したが、その中にあって芝・きんもくせい賞、ファン投票・桐花賞を制したカネショウエリートが一歩リードした格好。芝ダートの2重賞制覇は古馬では史上3頭目、3歳以上でも4頭目の快挙となった。
 一方のトーホウライデンはハイレベルだった青藍賞、そして短距離・岩鷲賞の2重賞を優勝。終盤は疲れが出た感じだったが、G1連続挑戦も評価された。
 投票結果はカネショウエリート10票、トーホウライデン1票の結果からカネショウエリートが選出された。なお重賞タイトルこそなかったが、年間を通して活躍したヤマニンエグザルトの存在も忘れてはならないとの意見も出された。

◇ 最優秀ターフホース ボスアミーゴ(鈴木七郎厩舎・水沢)
 ボスアミーゴはOROカップ2着で史上初の芝重賞グランドスラムはならなかったが、重賞せきれい賞、そして芝特別4勝。レースの格はOROカップの方が上で見事優勝したクルセイズも評価対象となったが、ボスアミーゴの芝5勝が決め手となり、2年連続で最優秀ターフホースに選出された。

◇ 最優秀牝馬 ジュリア(小西重征厩舎・盛岡)
 対象馬はピンクゴールド、ジュリア、クルセイズの3頭に絞られた。ピンクゴールドは3歳最優秀馬で記したとおり。ジュリアは逃げ馬の宿命ゆえ成績は安定しなかったが、牝馬の最高峰ビューチフル・ドリーマーカップ優勝を含め、シーズン7勝マークした。
 クルセイズは芝古馬の最高峰・OROカップで大本命ボスアミーゴに土をつけ、B・ドリーマーCトライアル・フェアリーカップでもサイレントエクセルを破る金星。また一連の重賞特別でも上位入着を果たした。
 投票の結果はジュリア7票、ピンクゴールド2票、クルセイズ1票、棄権1票からジュリアが選出された。
 
◇年度代表馬 ワタリシンセイキ
ワタリシンセイキ その2


 今年の年度代表馬選出は非常に困難を極めた。各部門賞の最優秀馬から1頭選ぶのだが、ワタリシンセイキを推奨する委員、カネショウエリートを推奨する意見が真っ二つに分かれた。当初、ボスアミーゴを推す委員もいたが、議論を重ねる中でワタリシンセイキ、カネショウエリートの2頭に絞られた。
 ワタリシンセイキを推す委員は2歳三冠に輝き、ダートの2歳重賞・特別を完全制覇。また南部駒賞ではハイレベルと言われた北海道の2騎を迎撃し、ワタリシンセイキの名前を全国に轟かせた。さらには岩手競馬で走った全サラブレッドの中で獲得賞金が最も多かったことも年度代表馬にふさわしい裏づけとなった。
 カネショウエリートは途中、伸び悩んだ時期もあったが、秋以降に芝ダートの重賞で2勝。桐花賞は岩手競馬最大の祭典であり、それを圧勝したことで資格は十分備わっているとの意見が出された。
 決選投票の結果、ワタリシンセイキ7票、カネショウエリート4票。よってワタリシンセイキが年度代表馬へ選出された。

~年度代表馬ワタリシンセイキを管理した三野宮通調教師の受賞コメント~

 今年で開業9年目に突入しましたが、こんなに早く年度代表馬を管理できるとは思っていませんでした。このような馬に出会えて感謝の気持ちで一杯です。
 2歳馬の受賞は昨年度のコンバットキックに続いて2年連続ですが、デビューから手がけ、出世させることができたことは本当に調教師冥利に尽きます。
 現在、ワタリシンセイキは南関東へ移籍しましたが、是非、大活躍してほしいと願っています。

◇ 特別表彰馬 トウケイニセイ
 1月12日、今年度の最後を飾る重賞・トウケイニセイ記念当日、トウケイニセイ自身が凱旋した。
 トウケイニセイは平成元年、デビュー戦を快勝後、不治の病といわれる屈腱炎を患い、1年7ヶ月の長期休養を経て復帰。デビューから無敗18連勝の日本記録を樹立(当時)したほか、通算43戦39勝2着3回3着1回、41連続連対という成績を残した岩手競馬史上唯一の3年連続年度代表馬に選ばれた不世出の名馬。
 当日は北海道から水沢競馬場に11年振りに凱旋し、全国から多くの競馬ファンの注目を集めるとともに、今後も「馬っこパーク・いわて」(岩手県滝沢村)で繋養。ファンの岩手競馬への夢を繋ぐ象徴として特に表彰することとなった。

◇ 馬事文化賞 岩手大学ミュージアム
 岩手大学は建学当初から現在に至るまで数多くの獣医師らを輩出し、本県の馬産振興に寄与。また2003年に開設された「岩手大学ミュージアム」の獣医学科標本室は、現在も岩手競馬に名を残すシアンモア号の心臓標本や馬の馬齢鑑別に使用された歯牙標本など、盛岡高等農林学校時代から100年の間に集められた2000点を超える標本を収蔵・展示。2008年度には明治以降から伝わる80本ほどの蹄鉄標本を整理して見学研究の利便性を高め展示の充実を図るなど、馬事文化賞にふさわしい研究活動を行っている。

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佐々木竹見カップ フォトレポート (2)


 いよいよレースが始まる。第7R「マイスターチャレンジ」の馬名掲示板には岩手の2騎手の名が表示されている。岩手から2騎手同時出場は当然初めて。今後も、南関東・JRA以外で同じ地区から2名出場することはなかなか実現しない、非常に稀な事になるだろう。

佐々木竹見カップ 07

佐々木竹見カップ 12
菅原勲騎手の応援も

 各地の騎手を応援する横断幕の中に菅原勲騎手を応援するものも発見。他のものに比べると小さいけれど、よく目立つ。

佐々木竹見カップ 10
村上忍騎手(第7レース)

 第7R・マイスターチャレンジはJRAの内田騎手が優勝。村上忍騎手は5着、菅原勲騎手は9着となった。
 村上忍騎手は終始内ラチ沿いで我慢しながらの戦い。直線ではやや伸びを欠いて、というよりは後ろから差して来たグループが通ったコースが良く伸びるラインだった、という印象。


佐々木竹見カップ 14
菅原勲騎手(第9レース)

 第9R・ヴィクトリーチャレンジは地元川崎の今野忠成騎手が差し切って優勝。1戦目13着の雪辱を果たした。
 このレース、菅原勲騎手は2番手、村上忍騎手は5,6番手の好位から進んだが、2100mのわりには速い流れになり(1周通過までのラップは翌日の川崎記念とほとんど同じ)、先行した馬が軒並み壊滅。菅原勲騎手は13着、村上忍騎手は14着に終わった。


佐々木竹見カップ 11

佐々木竹見カップ 16

村上忍騎手のコメント
「第1戦、割と印もあったし、後から思えばあそこでもう少し上を獲っておきたかったですね。好位でという指示でしたので前でがんばったのですが、追いだしてからの反応がイマイチで、ちょっともったいなかった。2戦目は、馬自体転入して間もなく、厩舎も手探りの部分があったようです。これから変わっていく馬なのでしょう。
 こういうレースにはなかなか出られないですが、一流の方々とレースできて勉強になりました。良い結果でファンのみなさんにアピールできればよかったですけど・・・。また出る機会があれば、もっと良い結果でリベンジしたいです」

佐々木竹見カップ 17

菅原勲騎手コメント
「2戦とも思ったような競馬ができなかったですね。最初のレースの方は馬の持ち味を出せなかった。9Rの方はちょっとかかってしまった。どちらも馬の持ち味が出せず、残念な結果になってしまいました」

 総合優勝はJRAの内田博幸騎手。しかし内田騎手は大井所属時代の勝負服を着ての出場で、JRAのというよりは「大井の」内田博幸騎手だった。JRAに移籍してもうすぐ1年になるが全く違和感がない。
 内田騎手は南関時代、このシリーズに毎年出場しながらついに総合優勝できずに終わったのだが、JRAに移籍して初めての出場で優勝してしまうのだからおもしろい。

 2位の岡部騎手は総合優勝を意識して挑んだがわずかに及ばず。2戦目、内田騎手がすぐ後ろにいたことでだいたい分かったようで、2戦目で引き上げて来るなり、苦笑いしながら指を2本(「2位だね」の意味)出してみせた。岡部騎手は昨年も2位で、それどころかこのシリーズ4回出場して3度目の2位では、苦笑いしたくなる気持ちもわかる、というところか。
 3位の吉原騎手は2戦目の2着が効いた。4位今野騎手を1ポイント差で凌ぎ、初出場での3位表彰台に笑顔が絶えなかった。

 このシリーズで注目していたのは村上忍騎手の闘いぶりだった。不動のTOP2の影に隠れてしまってこういうレースに出るのは初めて。それでどこまでやれるかと思っていたのだが、結果はともかくとして、手応えはあったのではないか。
 「内田さんなんか2戦ともきっちり持ってくるもんね。自分の馬はイマイチだ~、なんて言い訳してられないよね。そのへんが腕の差かもしれないけど、精進しないとね」
 レース後、そう語った村上忍騎手だが、こんなメンバーの中でも気持ちで負けていなかったところを評価したい。次のチャンス、それを早く掴んでほしいものだ。

| テシオ情報局 スペシャル | 16:37 | trackbacks:0 | TOP↑

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佐々木竹見カップ フォトレポート (1)

 1月27日(火)、川崎競馬場で「第7回 佐々木竹見カップジョッキーズグランプリ」が行われ、岩手から菅原勲・村上忍の2名が出場した。今回はそのレースをフォトレポートでお伝えします。

佐々木竹見カップ 01
出場騎手集合写真

 騎手紹介式に先だって恒例の集合写真の撮影が行われた。当日は好天に恵まれ、パドックでの撮影も穏やかなムード。なぜか内田博幸騎手がなかなかこないというハプニングあり。
 前列左から内田博幸騎手・今野忠成騎手・戸崎圭太騎手・吉原寛人騎手・木村健騎手・岡部誠騎手・菅原勲騎手。
 後列左から張田京騎手・繁田健一騎手・山口勲騎手・村上忍騎手・佐々木竹見さん・武豊騎手・的場文男騎手・赤岡修次騎手。

佐々木竹見カップ 02
撮影会の前

 撮影から紹介式までの間、待機中の騎手たち。顔見知りの騎手同士、固まって雑談中。

佐々木竹見カップ 03


 スポーツ新聞を読みながらレースのチェック・・・ではなく、「おー、これはやっぱり○○さんに200万円(注・佐々木竹見カップの優勝賞金)持ってかれるなあ」とかいいつつあくまで雑談です。左から岡部騎手(愛知)・吉原騎手(金沢)・山口騎手(佐賀)。こういう取り合わせが見られるのも騎手対抗戦の楽しみのひとつ。

佐々木竹見カップ 05
騎手紹介式

 当日の5R終了後、スタンド前コース上で出場騎手の紹介式が行われました。アナウンサーはおなじみ矢野アナでした。各騎手の立ち位置は「JRA」「地方騎手・北から」「南関騎手」「昨年優勝騎手」だったので、村上忍騎手と菅原勲騎手は左右に離れてしまいました。
 写真は騎手候補生からの花束贈呈が終わったあと。このあと「佐々木竹見カップブルゾン」があたるボールの投げ込みが行われました。


佐々木竹見カップ 15
これが本当の「佐々木竹見カップ」。優勝カップです。


佐々木竹見カップ 08
誘導馬も「佐々木竹見」ルック

 この日は誘導馬も「佐々木竹見」ルックに身を包んでの登場。馬服・耳当ては佐々木竹見騎手の勝負服と同じデザイン。鞍上も同じ勝負服です。
 ちなみに馬服と耳当てには佐々木竹見さんのサイン入り。耳のところに白く小さく見えるのがそれ。


 (2)に続く。

| テシオ情報局 スペシャル | 16:35 | trackbacks:0 | TOP↑

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1月12日 トウケイニセイ水沢競馬場に登場!

 1月12日、水沢競馬場にトウケイニセイがやってきました。

 トウケイニセイは1987年5月生まれの今年22歳。1989年から1995年にかけて岩手のトップホースとして活躍。交流競走が少なかった時代、ほとんど岩手から出ることが無かった馬ですが、それでもなお「日本ダート界最強」と見なされたほどの名馬でした。

 競馬場に来た時点から患っていた重度の屈腱炎のため、デビュー戦を優勝したもののそのまま1年7ヶ月に及ぶ休養に。しかし復帰後も連勝を続け、当時のサラブレッド日本記録となる18連勝を達成・・・とそんな話は皆さんの方が良くご存じでしょう。

 ちなみにトウケイニセイがデビューした1989年という年は、元号が昭和から平成に変わった最初の年。いわゆる「バブル景気」の真っ盛りでもありました。
 競馬界では、オグリキャップに続いてイナリワンがJRA入り。毎日王冠でのオグリ対イナリの死闘が繰り広げられました。また、JRAの武豊騎手がデビュー3年目にして全国リーディングに輝いたのもこの年で、間もなく巻き起こる「第二次競馬ブーム」の立役者、オグリとユタカが表舞台に登場。
 岩手では、スイフトセイダイ・グレートホープの2頭が4歳(旧)クラシックでしのぎを削っており、秋にはスイフトセイダイが岩手勢念願のダービーGP制覇を果たしています。
 そしてそして。「武豊以来」と言われるスーパールーキー、JRAの三浦皇成騎手が生まれたのも89年なんですね。「10年ひと昔」といいますが、20年という時間は短いようで長いですね・・・。


■久しぶりの第一歩
トウケイニセイ in 水沢 その1


トウケイニセイ in 水沢 その2


 この日、朝10時半頃「馬っこパーク」を発ったトウケイニセイは12時少し前に水沢競馬場に到着。馬体検査の後、現役馬と同じくつなぎ厩舎に入って式を待ちました。

トウケイニセイ in 水沢 その3


 トウケイニセイにとっては久しぶりのつなぎ厩舎だったはずですが、特に気にするでもなく普通に厩に入るとしばらく周りを見まわした後、ごく普通に草をかじりはじめました。

■小野寺オーナーとの再会
 式の前、小野寺喜久男オーナーとの出会いの場が設けられました。小野寺さんは種牡馬入り後から種牡馬引退後の今でも、ずっとトウケイニセイのオーナーであり続けています。
 今回の移動も、「えりもではなかなか会えないけれど岩手にいるのなら・・・」というオーナーの意向があって実現したものです。
トウケイニセイ in 水沢 その4


■たくさんのファンが見つめる中
 お披露目式が始まる前からパドックにはたくさんのファンが詰めかけました。正直に言ってしまうとこの日のメインレースよりも多かったくらいです。
 皆、手にデジタルカメラや携帯電話。どちらも、トウケイニセイが現役だった頃にはあまり一般的ではなかったものですよね。
トウケイニセイ in 水沢 その5

トウケイニセイ in 水沢 その10


 この日、トウケイニセイがつけていたのは「第21回桐花賞」、2枠2番のゼッケン。引退レースとなった95年桐花賞の時のレプリカゼッケンでした。現役時代と同じくDハミ着用なのも懐かしいポイント。

■現役時代と同じ厩務員さんの手で
トウケイニセイ in 水沢 その6

 パドックでのトウケイニセイを牽いたのは小西重征厩舎の吉田直光厩務員。トウケイニセイの現役時も担当した方です。ちなみにメインの担当だったのが福田秀夫厩務員(現調教師)。
 一緒に曳いていた遠藤耕悦厩務員はライバル・グレートホープの担当厩務員でした。つまり2人ともトウケイニセイの現役時代を知り、共に戦ってきた盟友なのです。

■ファンの皆さんと記念撮影
トウケイニセイ in 水沢 その7

 式の最後には口取り写真風に記念撮影。小野寺オーナー、小西重征調教師、菅原勲騎手らが手綱を取りました。

 
トウケイニセイ in 水沢 追加1

 式の後、取材を受ける小西重征調教師。「最初の頃は一戦一戦が脚元との戦い。レースを使うたびに“これが最後かもしれない”と覚悟していた。18連勝だ、日本記録だと騒がれたが、我々には全くそんな実感はなかったな」
 トウケイニセイの屈腱炎は、キャリア後半こそいくらか落ち着きを見せたのですが、ちょうど連勝記録を作っていた頃が一番厳しく、辛い時期だったのだそうです。

 最後の桐花賞については「それまでは屈腱炎は左脚だけだった。それが、長い間かばって走っていたせいなのだろう、最後に両脚に出てしまった。あれは馬もよく我慢したんじゃないかなあ。種馬になって1年くらいはまだ脚をかばっていたからね。最後のレースは私も本当に感動した」。
 そして「レースの後、馬の様子がいつもと違っていたんだよ。それまではレースが終わってもキリッとしている馬だったのに、人に甘えるような仕草を見せてな。“これが最後のレースだ”ってニセイも分かったんじゃないのかな。馬も全力を出し切って、燃え尽きたんだと思う」。

 なんべんも「あの馬は凄い馬だ」と口にした小西重征調教師。軽く一言、くらいの予定がどんどん長引き、すっかり止まらなくなってしまったのは、やはり小西先生の思い入れがそれだけある、ということなのだと感じました。

トウケイニセイ in 水沢 追加2

 そして、メインの「トウケイニセイ記念」を勝ったアンダーボナンザ。同馬の母・アンダースワローはスイフトセイダイやグレートホープの同期で、牝馬ながら彼ら相手に一歩も引かず戦っていました。トウケイニセイと同じレースを走ったことこそないものの、同じ時期、同じ岩手で走った馬です。
 そしてアンダーボナンザの鞍上は菅原勲騎手。レース後「トウケイニセイが見ているこのレース、ぜひとも勝ちたかった」と語った勲騎手でしたが、今にして思えばこの日のこのレース、勝つのはアンダーボナンザ以外には有り得なかったのかもしれませんね。
 
 さて1995年、オーロパーク開場の前年に引退したトウケイニセイは北海道で種牡馬生活を9年続けた後、えりも町のエクセルマネジメント・リタイヤメントホースパークで暮らしていました。
 そして今回、このお披露目式を契機に、トウケイニセイは岩手・滝沢村にある「馬っこパークいわて」で余生を過ごすことになりました。早ければこの春から一般の方にも公開される予定です。その時は皆さんも、ぜひニセイの姿を見に行ってあげて下さい。

| テシオ情報局 スペシャル | 15:35 | trackbacks:0 | TOP↑

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「がんばろう岩手競馬 新春応援パーティー」 開催

パーティー その2

 1月13日(火)、盛岡市中央通のエスポワールいわて2階大ホールで岩手競馬サポーターズネット主催「がんばろう岩手競馬 新春応援パーティー」が午後6時半から開宴。200名を超えるファン、関係者が集まった。

パーティー その3
会場ではこんなツーショットも


 パーティーは菅原勲騎手をメインゲストに12月、阪神競馬場で行われた『ワールドスーパージョッキーズシリーズ(WSJS)』報告会、『菅原勲騎手と見て語る岩手の名馬、名レース』などのイベントを実施。
 また会場内には水沢競馬場の名物“もつ煮”、盛岡競馬場の“ジャンボ焼き鳥”が持ち込まれ、グルメ直接対決。

パーティー その4
盛岡競馬場のジャンボ焼き鳥がそのまま登場


 競馬場を訪れた際、日頃からお世話になっている“もつ煮”、“ジャンボ焼き鳥”を同一コーナーで食することができるのは、おそらく初めての試み。ファンは会場に用意された岩手の地酒『蔵元お取り寄せ』呑み比べといっしょに、両競馬場の名物を飲食した。

 乾杯の音頭は東島末起盛岡・愛馬の会代表。「競馬は人馬が一体となって死力を尽くすゲーム。そこにたくさんのドラマが生まれ、ファンを感動させる。無関心、無感動な時代だからこそ人を揺り動かす舞台が必要。健全な刺激で世の中を明るく元気にしよう」とあいさつした。

パーティー その1
東島末起盛岡・愛馬の会代表


パーティー その5
松尾編集長とふじポンを案内役にトークショー


 WSJS報告会ではパドック、優勝レース第3戦、表彰式などを放映しながら、その時の感想を菅原勲騎手自身に語ってもらった。いわく「公約だった1勝をできてホッとした。初日(12月6、7日の2日間)で2戦とも11着だったので、正直ちょっと無理かなと思っていたが、一番期待していたレースで勝てたことが嬉しかった。世界の名ジョッキー相手だからレースが厳しかっただけに、なおさら。ファンの声援が思っていた以上に大きかったのにも驚きました」

パーティー その6
フェブラリーSの映像では「イサオ」コールも



 続いて菅原勲騎手と見て語る岩手の名馬、名レースでは全6レースをピックアップ。
 1991年 みちのく大賞典。スイフトセイダイ、グレートホープ1着同着。
 1993年 桐花賞。トウケイニセイvsモリユウプリンスでトウケイニセイが水沢2000mレコードを樹立。
 1995年 南部杯。トウケイニセイ、最初で最後の全国交流レースでライブリマウントに完敗。トウケイニセイ、初めて3着に沈む。
 1998年 南部杯。『見たか!アブクマポーロ』 メイセイオペラ初GI勝利
 1999年 フェブラリーステークス。メイセイオペラ地方馬史上初の中央GI制覇!
 2002年 南部杯。岩手勢1、2着!トーホウエンペラー・バンケーティング

 以上のレースを放映し、当時のことを菅原勲騎手の生コメントで振り返ってもらったが、一番の思い出はやはりフェブラリーステークス。その実況が流れると会場から期せずして“イサオー!”、“ヨーシ!!”などの声援、歓声が巻き起こった。

 続いて未知の駒会(岩手県)の代表として、岩手県競馬組合の管理者でもある達増知事があいさつし、菅原勲騎手へ記念品を贈呈。それを受けて菅原勲騎手は「こんなに大きな会で祝ってもらい感謝の気持ちで一杯。これから南関東へ遠征するが、岩手の菅原勲をアピールし、岩手競馬をさらに注目してもらえるよう頑張ってきます」と答えた。

パーティー その7
達増知事のスーツの襟についているのは・・・


パーティー その8
菅原勲騎手の挨拶


 この後、七瀬龍一さんが岩手競馬応援キャンペーンCMソング「つばさ」を歌い、菅原勲騎手は南関東遠征の準備のために退席。最後にはお宝グッズ抽選会が行われ、WSJS特製ジャンパー、佐々木竹見カップ記念ジャンパー、ジャパンカップ特製ネクタイなどがファンにプレゼントされた。
 中締めは東北学生愛馬会の斉藤皓正さんが行い、すべてのイベントが終了。今回のパーティー事務局は是非、またこのような会を催したいと語っていた。

パーティー その9
これがWSJSジャンパー


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トウケイニセイ 馬っこパークに到着!

 1月12日(月)、岩手競馬今シーズン最後の重賞「第9回トウケイニセイ記念」(水沢1600m)が行われるが、それを祝福してトウケイニセイ自身が7レース馬場入れ後のパドックでファンにお披露目をする。題して『トウケイニセイ凱旋セレモニー』。

 トウケイニセイはデビュー戦を快勝後、不治の病と言われる屈腱炎を患い1年7ヶ月の長期休養を余儀なくされたが、奇跡的にカムバック。復帰後は連戦連勝を重ね、デビューから無敗18連勝の日本新記録を打ち立て、その後は岩手のトップに君臨。
 岩手の重賞を総なめにしてデビュー41戦連続連対、43戦39勝2着3回3着1回の驚異的な数字を残して現役を引退。北海道新日高町(旧・門別町)の日高軽種馬農協・門別支所で種牡馬入りした。
 種牡馬生活は1996年から2004年までの9年間。同年から父トウケイホープの故郷でもあるえりも町のエクセルマネジメント(旧・えりも農場)で余生を送っていたが、今回、オーナー・小野寺喜久男さんのご好意で水沢競馬場へ凱旋。そして新居を滝沢村の馬っこパークいわて(旧・ポニースクール岩手)へ移し、これからの余生を送ることになった。
 年末にバタバタと話が決まり報告が遅れてしまったが、1月6日(火)午前7時過ぎ、トウケイニセイは無事、馬っこパークへ到着した。

トウケイニセイ その1
馬っこパーク到着直後のトウケイニセイ


 1月5日昼、えりも町を出発したトウケイニセイは苫小牧から八戸までのフェリーを含め、18時間の超長旅。今年22歳となったトウケイニセイにこの長旅は相当こたえるだろうな・・・・・・と心配したが、さすがは怪物。
 長旅の疲れなどかけらも見せず、取り囲んだ取材陣のカメラに向かって得意の右45度を傾ける得意の仕草で収まっていた。

トウケイニセイ その2
得意のポーズで写真に納まるトウケイニセイ


 また新居の厩舎に入ると、周囲の匂いを確認して納得。今回、トウケイニセイを連れてきた菊地さんが乾燥草を与えると、早速ボリボリと音を立てて食べていた。これには馬っこパーク理事長・渡邉史朗氏もビックリした。

 「2ヶ月ほど前(10月23日)、滝沢村で購入した校伯も十勝から移動してきたんですが、疲れが激しく最初は飼い葉を食べることができなかった。トウケイニセイはケロッとしたもの。心肺機能がすばらしく、精神的な強さがあるんでしょうね。さすがです」と感服した。

 続けて渡邉理事長は語る。「伝説の怪物トウケイニセイを預かることができて光栄に思います。私自身もニセイの強さを生で見ていますから、なおさら今回の話があったとき“是非お願いします”と即答しました。岩手競馬の宝ですからね。これから私たちがトウケイニセイを大事にしていきます。ただ、今の季節は寒いので本格的にファンへお見せできるのは春になるかもしれません。そうなったらいつでも会いにきてください」

 お披露目をする12日までにインフルエンザ注射(2回目)、簡易検査などを行わなければならず、また風邪を引くなどのアクシデントがあった際、突然キャンセルがあることをご了解いただきたい。レース当日ゆえ、他の馬に影響があったら大変なこと。
 スタッフは万難を排して凱旋セレモニーへ臨むが、みなさんも温かい目で見守ってほしい。

トウケイニセイ その3



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金杯を勝ったワタリシンセイキの関係者に聞く

 正月1月2日(金)、水沢1600mを舞台に行われた明け3歳重賞「第35回金杯」は、ワタリシンセイキが2着に4馬身差をつけて圧勝。2歳三冠制覇の偉業を達成した。
 この一戦はペースが遅かったこともあって、ワタリシンセイキはいつもより前の5番手外を追走。そして例によって2コーナー過ぎにスパートをかけ、3コーナーで早くも2番手に進出。直線入り口ではトウホクビジンの外に並び、ラスト100mで先頭。あとは後続をグングン突き放す一方で、鞍上・関本淳騎手は左手で三冠を意味する3本の指を立ててゴールへ入った。
 今回はレース直後の関本淳騎手、管理する三野宮調教師に話を聞いてみた。まずは関本淳騎手。

関本 淳騎手
―優勝おめでとうございます
 ありがとうございます。三冠を無事に達成できて本当にうれしい。

―レースを振り返ってみてください
 これまでのレースはほぼ最後方でしたが、馬の行く気に逆らわなかったら5番手につけていました。ですが下げようとは全然、思わなかった。とにかく流れに乗ることだけを考えていました。

―そして2コーナー過ぎから例によって仕掛けました
 今回はマヨノエンゼルがいなかったので、後ろの馬は気にせず相手は前にいる馬だけに絞って、トウホクビジンを射程圏に入れたときに勝利を確信しました。

―ゴールで小さく3本の指が立っていました。三冠の意味ですよね。ウイニングランにもファンから歓声が上がっていました
 カメラマンに最初は2本指だったよと言われました(笑)。ウイニングランは上山時代にもなく、今回が初めて。三冠達成への感謝の気持ちでウイニングランをしました。

―改めてワタリシンセイキについて
 とても素直な馬ですし、今後さらに成長しそうですね。今まで自分が乗った2歳馬で最強馬だと思います。

続いて三野宮通調教師。
三野宮通調教師
―レース前、普段どおりの調教をこなし平常心で臨みたいと語っていましたが、実際のところいかがでしたか
 正直、プレッシャーを感じましたね。周囲も三冠、三冠と騒いでいたのでレース前は自分がレースに乗っていた時のような緊張感がありました。

―レースはいつもどおり圧勝でした
 いやー。結果はそうでしたが、競馬は何があるか分からない。ゴールに入るまではドキドキでしたよ。

―それにしても強い馬です
 まだやんちゃで、まだ若い面はありますが、良く食べるからパワーが出ると思います。多分、すばらしい心肺機能を持っているんでしょうね。2歳でこんなにいい脚を長く使える訳ですから。

―これからも成長しそうですね
 ええ。厩舎に入ってきた当時に比べて背も大きくなっていますし、普段は幼いところもありますから今後さらに楽しみです。

―今後、南関東へ移籍する予定だそうですが
 これぐらい強い馬ですからね。より高いステージを求めるのは当然だと思います。自分の手を離れるのは正直、寂しい気もしますが、さらに飛躍してほしいと願っています。

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2008年12月 | ARCHIVE-SELECT | 2009年02月

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