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オウシュウクラウン引退。馬っこパークで乗馬のトップをめざす

 岩手競馬2006年度の年度代表馬オウシュウクラウンがこのほど引退。今後は盛岡近郊、滝沢村にあるに『馬っこパーク』(理事長・山手完嗣氏)で乗馬の道を歩むことになった。

2歳・若駒賞出走時
初の重賞出走は2歳の若駒賞。4番人気4着、この頃は同厩のアテストに先着を許していた


 オウシュウクラウンは03年4月12日、アラブ首長国連邦ドバイで生まれ。父は日本でも馴染み深いジェイドロバリー。
 05年7月にデビューし新馬戦を快勝。その後は休養などもあり、7戦2勝から冬期間は一旦、南関東へトレードされ、移籍初戦のブルーバードカップを快勝した。
 南関東で3戦1勝の成績を残して再び岩手へ里戻り。そこから快進撃が始まり、岩手ダービー・ダイヤモンドカップを含め4連勝をマーク。
 勢いを駆って大井・ジャパンダートダービーへ挑戦し、7番人気を覆して3着に健闘。一躍、全国から注目を集める存在となった。
 地元開催のGI(当時)ダービーグランプリこそ7着に敗れたが、岩手版グランプリ・桐花賞で古馬を一蹴。多くのファンの前で世代交代を完了させた。
 翌年の川崎記念で放馬のアクシデントが発生し、以降は自問自答を日々を送り1年1ヶ月の長期休養。復帰後も実力の片りんをのぞかせたが、慢性的な脚部不安のため先日引退を決断した。
 そこで今回のテシオ特集はオウシュウクラウンを管理した櫻田浩三調教師、『馬っこパーク』理事長・山手完嗣氏に話を聞いてみた。

一時代を築いたオウシュウクラウンが引退しました
櫻田浩三師:厩舎に戻ってから左前の球節がずっと腫れていましたが、そこはうまく固まって落ち着きました。ですから見た目ほど気にすることはなかったんですが、逆の脚をかばって熱を持ちました。それでこれ以上、現役を続けるのはかわいそうだと思って、オーナーと相談。行き先を探していたところ、馬っこパークが是非と言われたのでお譲りすることにしました。

全国にファンが多い馬ですからね。現役引退は寂しいでしょうが、その後の行き先も決まって安心したと思います
 馬っこパークは競馬場からも近いし、トウケイニセイも余生を送っていますからファンも行きやすいんじゃないですか。自分も時々、会いに行こうと思っています。

今後は乗馬の道を目指すと聞きました
 競走馬から転向した馬で成功するケースはオープン馬が多いですからね。多分、学習能力が高いからオープンまで行けたでしょうし、オウシュウクラウンも結構賢い。今度は乗馬の世界で全国に名前をとどろかせてほしいと願っています。

最後のレースとなった青藍賞
最後のレースとなった青藍賞


続いてこれから引き受け先となる馬っこパーク理事長・山手完嗣氏
オウシュウクラウンが馬っこパークに入ったと聞いて正直、驚きましたが、反面、ホッとしました
 岩手の年度代表馬にも選ばれた馬ですからね。私たちも楽しみにしています。私自身が獣医師ですから去勢手術も施しました。オウシュウクラウンが馬っこパークに来たのは3日前(24日)。術後の落ち着きを待ってから乗馬を教えることになりますから、乗り始めるのは先になると思います。

もしオウシュウクラウンが乗馬でも成功すればファンも喜ぶと思います
 過去にもトップを張った競走馬は乗馬でも成功したケースは結構多い。じっくり教え込んでいけばモノになると信じています。

馬っこパークの選手で今年の国体で上位入賞をした方もいます
 菊地(恵美)さんですね。今年も5位入賞を果たしていますから、スタッフも一生懸命に教えてくれるでしょう。

馬っこパークにトウケイニセイがいて、今度はオウシュウクラウンも仲間入りした。これは岩手のファンからしても嬉しいことです
 これから大変なことが多いと思いますが、乗馬でも成功させてやりたい。みなさんも是非、応援をよろしくお願いします。
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南部駒賞にロックハンドスターを出走させる瀬戸幸一師に聞く

 今開催の岩手競馬は楽しみなレースが目白押し。15日(日)には岩手伝統の2歳重賞「第37回南部駒賞。、16日(月)には女性騎手の祭典「レディースジョッキーズシリーズ。水沢ラウンドがある。

 そこで今週のテシオ特集は「南部駒賞。へ、岩手期待の星として登場するロックハンドスターを管理する瀬戸幸一調教師にインタビューをお願いした。

 今年は北海道からショウリダバンザイ、モエレクリューガーの2頭が遠征。2歳のレベルはエーデルワイス賞でオノユウが優勝し、上位4位までを北海道が独占。また北海道2歳優駿でもビッグバンが優勝し、上位3位までを独占とJRA勢を軽く一蹴した。

 それゆえショウリダバンザイ、モエレクリューガーのレベルも推して知るべし。3年ぶり3頭目の南部駒賞優勝を狙っている。

 しかしロックハンドスターもレベルは相当なもの。その裏付けは前走・若駒賞でマークした盛岡ダ1600m1分41秒2の走破タイム。当時の馬場は決して軽くはなく、むしろ重い馬場。昨年の覇者ワタリシンセイキが若駒賞タイムが1分41秒5。

ロックハンドスター
ロックハンドスター


 前置きが長くなったが、以上のことを踏まえながら瀬戸幸一調教師に話を聞いてみた。

若駒賞は非常に強いレースでした
「ジュニアグランプリは惜しい2着でしたが、疲れもありました。若鮎賞からホープフル競走は日程的に詰まっていたので、その反動も決して少なくはなかった。アタマ差の敗因はそれだったのかも知れません。続く若駒賞では体重的には増減がありませんでしたが、無理なローテーションを組まなかったから結果も出せたと思っています。

今回はその若駒賞から直行です
「これは当初の予定どおり。順調そのものです。ただ、1週前の追い切りで時計が速すぎたので、今週はセーブ気味に追い切りました。直線持ったままで53秒台。満足の行く仕上がりで臨めます。

今年の北海道2歳馬は粒ぞろいだともっぱらの評判です
 ですよね。ダートグレード2レースともJRA勢をまったく問題にしないで上位独占するんですから、相当手ごわいと思います。

しかも逃げたいモエレクリューガーが、絶好の2番枠を引き当てました
 今の水沢は先行有利の馬場ですからね。正直、心配な面はありますが、ロックハンドスターも一戦ごとに力をつけています。おそらくモエレクリューガーをマークする形でレースを進めると思います。

レベル差はともかく、若駒賞のタイムは例年に比べても遜色がないどころか、むしろ馬場も考えればすばらしいタイムでした
 今年の交流レースは他県勢に押され気味でした。実際、ロックハンドスターもジュニアグランプリで負けていますから強気なことは言えませんが、なんとか岩手の期待に応えるよう頑張りたい。応援をよろしくお願いします。

なんたってロックハンド=岩手、スター=星ですからね。期待しています

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お奨めの1冊 /「地方競馬の黄金時代」(戎光祥出版)

お奨めの1冊
「地方競馬の黄金時代」(戎光祥出版)
監修/斉藤修 写真/青柳健二

「我々、トラックマンはブルーカラーですよね」。東京都内での会合後、お互いかなり酒が入っていたのだが、突然、競馬エース(名古屋)の伊藤和敬編集長がいつもの笑顔交じりの表情で語った。

 すでにブルーカラーの言葉自体が死語(伊藤さん、すいません)になっていたが、えらく共鳴した。確かに我々の仕事は足で稼いでナンボの世界。厩舎関係者と真剣勝負を挑みながら本音を引き出し、それを紙面に反映させる。

 ある意味で厩舎サークルは特殊社会。誤解承知で記すが、仕事を割り切って従事していたら、まず長続きはしない。たかが「馬畜生」になぜ、これほどまで精力を費やすのか。一般通念でいう常識はまったく存在しない。あるのは“狂おしいまで”誇りと信念。

 無事に出走させることはもちろんのこと、より強く、より速く走らせることに全神経を注ぐ。ときには徹夜で看病し、脚を冷やし、腹痛を引き起こしたら何時間でも愛馬を引き運動する。

 当然だが、上のクラスになればなるほど神経の使い方、すり減らし方も半端ではない。だから引退が決定し、無事にラストランを終えたとき、寂しいことも寂しいが、それよりもホッとした・・・・・・という言葉を数知れず耳にした。

 馬は非常に警戒心が強く、臆病だという話を聞いたことがあると思う。また馬は担当者に似ていくという話もあるし、馬にかかわればかかわるほどその馬と同化していくとも。

 必然的なのかもしれないが、外部の人間に対し、厩舎関係者はまず警戒心を持って接する。今でこそオープンになったなぁと実感することが多いのだが、伊藤編集長、そして自分が関わり始めた30年ほど前は、まず厩舎との壁を乗り越えることが第一のハードルだった。

 そこには生半可な知識は通用しない。厩舎取材をする以前に、こちらの資質を最初に試される。言われたことをすべて鵜呑みにしたら、ほぼ値踏みされる。逆に口先八丁も敬遠される。いずれにせよ満足のいく取材をするためには、足しげく厩舎へ通い続けるしかない。足で稼ぐしかなかった。

 最近、ずぼらになったなぁとつくづく思う。できるだけ足で稼ごうと思っているのだが、忙しさにかまけて、あれこれと理由をつけて厩舎訪問をさぼっている。たまに行くと「珍しいね。雪でも降るんじゃないの」とからかわれる。

 2007年3月、岩手競馬は存廃問題に揺れ、一旦廃止、すなわち死刑宣告を受けた。しかし4日後、奇跡的に一転して存続が決定し、現在に至っているが、いまだにあの時の情景が突如よみがえり、激しく動揺する。

 「地方競馬の黄金時代」(戎光祥出版)が今年6月末、発刊された。第1章は『廃競馬場探訪』、第2章は『砂に咲いた英雄の華 十五頭の名馬たち』、第3章が『火花散る決勝点 白熱の名勝負十番』、第4章が『全国地方競馬ガイド』の4部構成となっている。

 第2章でメイセイオペラ、第3章で第19回みちのく大賞典(優勝トウケイニセイ)、第8回ダービーグランプリ(優勝ミスタールドルフ)、第8回マイルCS南部杯(優勝ライブリマウント)を書かせてもらった。文章は稚拙だが、自分ながらかなり気合いを入れて書いたつもりだ。

 でも、もっと読んでもらいたいのは競馬エース編集長・伊藤和敬さんと競馬ブック北海道担当の高倉克己さんの文章。2人ともはるか昔から尊敬してやまないライターだった。コトノアサブキ、ジュサブロー、フェートノーザンはそれこそ伝説の名馬たち。現役当時、足で稼いだ取材をもとにした文章だけでも読む価値は十分あると思う。

地方競馬の黄金時代

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