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祝!1500勝。阿部英俊騎手インタビュー

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 4月24日(日)、第7Rでゼンノブショウに騎乗した阿部英俊騎手が1番人気に応えて完勝。地方競馬通算1500勝を達成した。
阿部英俊騎手は1992年10月デビュー。翌年4月、ダートボーイで初勝利を飾り、94年に初重賞制覇(岩鷲賞=ダイサンヒコー)。また99年にはサカモトデュラブで東京盃(GⅡ)を逃げ切り、グレードジョッキーの仲間入りを果たした。なお岩手競馬の現役騎手では阿部英俊騎手、ただ一人。
これまでセイントリーフで日高賞(当時)、ひまわり賞、オパールカップ。カミノヌヴォーで不来方賞、ダービーグランプリ、桐花賞。コウギョウデジタルで不来方賞、ひまわり賞など数々の重賞を制してきたが、2013年11月、落馬により大ケガを負い、長期療養。
昨年の特別開催で476日ぶりに復帰し、いきなり初戦で1着。2戦目も勝ち、復帰2連勝を飾った。
阿部英俊騎手に話を聞いた。

―1500勝達成おめでとうございます。前のレース(クドースに騎乗)で王手をかけて、連勝で記録達成。見事でした

「前のレースを勝ったのが大きかったと思います。大外枠でしたが、うまく内に入れることができた。あの日は外を回った馬は苦しんでいましたので、最初から内を狙ったら勝ってくれた。いいムードで次のレースを迎えることができました」

―もちろん記録は分かっていましたよね

「ええ。読みどおりの展開になりましたし、着差もついていたのでガッツポーズしようかなとも思いましたが、次の目標があるので自粛しました(笑)」

―改めて1500勝への道のりを振り返ってください

「初勝利をあげるまで苦労しました。毎回怒られてばっかり。自分に騎手は向いていないと思って、冬にやめようと考えたこともありました。ですから初勝利をあげたときは本当にうれしかった。
 その後は順調に100勝、500勝、1000勝と達成できましたし、全国にも結構行かせてもらいました。当時の岩手競馬は遠征も盛んでしたからね。今の若手ジョッキーたちはなかなかチャンスが巡ってこない。またあの時代が来てほしいなと思います」

―3年前の11月、落馬のアクシデントで大ケガをした…

「1500勝も見えてきましたが、一方で年を取っていくと騎乗するのが怖くなっていく。その矢先の落馬でした。体だけではなく精神的にも参っていた時期が長かったし、担当医に次は保証できないと言われ、復帰をあきらめたこともありました」

―それらを乗り越えて473日ぶりに復帰。いきなり2連勝を飾りました

「もう1回乗りたい。自分にはこの仕事しかない。今度落ちたらどうなってもいい。そんな想いが日増しに強くなっていった。やめないでよかったと思いました」

―改めてお聞きしますが、思い出の馬は?東京盃を逃げ切ったサカモトデュラブは鮮烈でした

「巡り合わせがよかっただけです。騎手は技術も必要ですが、運も大きいと思います。人気がなく、リラックスして臨めたのもよかったんでしょうね。カミノヌヴォーに出会ったのも思い出です。震災の年で競馬がどうなるか分からなかった中、不来方賞からダービーグランプリ、桐花賞まで勝ってくれた。自分自身も元気をもらいました」

―阿部騎手は今年で24年目。旧盛岡競馬場で騎乗した数少ない現役騎手です

「南郷騎手、村上忍騎手ぐらいでしょう。この間、存廃問題、震災などいろんなことがありましたね」

―後輩騎手に教えたいことは

「ゲートをしっかり出ることですね。後手を踏むと思った競馬ができないですからね。昔、園田時代の小牧太騎手(現JRA)が“すごい新人が出た”と思ったのが岩田康誠騎手。とにかくゲートセンスがすばらしかったそうです」

―最後に阿部騎手自身の目標をお願いします

「まずはケガをしないこと。これが第一です。あとは前の年の勝利数を超えること。デビューした頃も同じ目標でした。原点に返ろうと思っています」



| テシオ情報局 スペシャル | 17:56 | trackbacks:0 | TOP↑

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